Vol. 05:たてば薬局 青木洋志さん・隆司さん

早めの決断が身を守る

青木洋志さん・隆司さん

およそ20年、地域に寄り添って複数の薬局を経営してきた青木さんご兄弟です。事業を拡大する中で、思うようにいかなくなり、途中で疲れ果ててしまったといいます。

しかし、事業を断念しようにも、なかなか譲受する方もいないという状況。そんな時、相談をしたのが白優社でした。お二人はどう乗り越えたのでしょうか。

兄弟で薬局を開業

Q:まず、どのように薬局の経営を始めたのか、教えてもらえますか。

青木洋志さん(以下、洋志さん):はい、私は薬剤師として複数の薬局で働いてきましたが、いつしか、自分で店を持ち、経営をしたいと思うようになりました。薬剤師になって10年ほど経ってからだと思います。

青木隆司さん(以下、隆司さん):私は最初、全く別の道を歩んでいました。家業の和菓子屋で父の助けになりたいと思って働いていましたが、ある日、父が倒れてしまって。どうしようか…と考えているうちに父は亡くなってしまったんです。

洋志さん:それで、私から「店をたたんで、一緒に薬局をやらないか」と声をかけました。弟とはしょっちゅう喧嘩しますが、パートナーとしては誰よりも信頼が置けますから、一緒にやっていこうと。

Q:そして最初の薬局をオープンされたんですね。

洋志さん:ちょうど20年前、2002年ごろに「たてば薬局」というお店をオープンしました。横浜市泉区のブルーライン立場駅から徒歩5分の好立地で、物件探しをしていた時に不動産屋から紹介をしてもらいました。その不動産屋いわく、「眼科が入居予定でゆくゆくは医療モールになる」と。医療モールになれば、うまく行くんじゃないかと思いその話に乗りました。

Q:医療モールですか。実現すれば患者さんにとっても便利でしょうね。

洋志さん:でも最初は、しばらく、収入はなかなか入らないわ、借金は残るわで、苦い思い出ばかりです(苦笑)。

隆司さん:でも、ほどなくして小児科と歯科が同じビル内に開業したんですね。それで人の流れがガラリと変わって!その後は経営が安定しました。開業から8年ごろがピークで当時は1日200枚もの処方箋をさばいていましました。毎日忙しくて「今日1日が無事に終わりますように」と祈りながら仕事をしていましたが、今思えば幸せな日々でしたね。

思い切って複数店舗を展開するも…

Q:順風満帆なスタートを切れましたね。

隆司さん:はい。「たてば薬局」までは良かったんです。でもその後が…。実は、医療モールで成功したこともあって、ほかの店舗も展開しようと思い立ちました。将来的には5、6店舗まで広げられればとその頃は思い始めていました。

Q:2021年3月に、新たに「和泉たてば薬局」を開局されました。

洋志さん:「たてば薬局」は新型コロナ前まで大きな落ち込みもなく、経営は安定していましたし新たな投資も可能でした。

隆司さん:物件は駅前の好立地で、「たてば薬局」にも近い。ただ懸念もありました。処方元のクリニックがなく、近隣に競合する薬局があることです。兄は反対したのですが、他社が入居すれば、「たてば薬局」にも悪影響が及びますから、他社に先んじて開局しようと考えました。

Q:新規開局にはかなりの投資が必要そうですが。

隆司さん:私が一人で金策に走り、自己資金1600万円、金融機関の借入金2400万円を集めました。でも、それがわずか7カ月で閉局することになるとは……。

洋志さん:最大の問題は誰にその薬局を任せるのかという、人選の部分でした。昨今、管理薬剤師は完全な売り手市場で、採用が極めて難しくなっています。我々としては多額の投資をした以上、1日も早く開局したいので、十分な人材の見極めをしないまま雇用を急ぎました。事務長の入院も重なり、人材派遣会社からの派遣を頼りに運営することを余儀なくされました。

隆司さん:その後、たてば薬局から人材を派遣しましたが、そもそも「和泉たてば薬局」は処方元がないですから、経営の厳しさは変わりません。6月頃には店舗売却も含めて検討し始めました。

借入金も…どうやって乗り越えた?

Q:白優社の白形さんとお話したのはそのころですか?

隆司さん:はい、長年の付き合いがあって信頼の置ける白優社の白形さんには話をしました。でも、実は白優社の前に、ほかに大手の2社にも相談をしていたんですよ。でも、あまり対応がよくなかったんですよね。譲受する方を探すのが難しいと。処方元がなく、今後の売り上げ拡大が見込めないお店なので、お金にならない案件だと思われたのでしょう。

Q:白形さんは異なる対応だったと。

A:はい。ほかの2社と同じく、希望金額も含めて率直に相談しました。そのころ私は借金のことばかり考えていましたが、白形さんに「まだできることはあります」と言っていただいたのは励みになりました。

Q:それでどのような方法を?

A:借金が多くてどうすればいいのか、途方にくれていたのですが、「2店舗をまとめて検討すればうまくいくのでは」とアドバイスをもらいました。それで、「たてば薬局」とセットでの事業承継を検討することになりました。事業承継に向けて国から補助金が出ることも白優社さんの案内で知りました。半年間、週に2度は話し合いをしていたので、本当に、密な相談ができましたね。

Q:白形さんの印象について教えてください。

隆司さん:一言ずつ慎重に言葉を選んでお話されるところに真面目さや誠実さを感じました。また、企業勤務の営業担当者と違って、彼も個人で事業をされていて、同じ境遇なので、本当に、親身に寄り添う姿勢だったこともありがたかったです。

洋志さん:そうですね。今回は金額も大きいですし、私たちの人生に影響する大事な案件ですから、弟が良い人を探してきてくれたと思っています。

Q:事業譲渡に際しての条件を教えてください。

隆司さん:やはり、金額を最も重視しました。私たち兄弟の今後もありますから、白形さんには納得のできる金額をお示しいただける企業とお話を進めてほしいとお願いしました。また、従業員が納得して転籍できるように、待遇や福利厚生についても確認させていただきました。

薬局を利用する地域と従業員と自分たちの幸せのために

Q:実際に紹介された企業はいかがでしたか。

隆司さん:複数の企業をご紹介いただきましたが、そのなかでも、「なのはな薬局」を運営するメディカルシステムネットワークさんはご担当者のお人柄も良く、条件も合致したので、お願いすることにしました。話がまとまるまで、白形さんには何度も来ていただき、丁寧に対応していただいたと思っています。

Q:事業譲渡は2021年12月でした。従業員のみなさんの反応はいかがでしたでしょうか。

隆司さん:はじめは戸惑いが多かったようです。たとえば、これまでは何かあっても兄に報告すれば済みましたが、現在は営業報告のフォーマットが決められていますし、仕事に使用する端末やソフトウェアも違いますから、それらを覚えるだけでも大変です。特にベテランの薬剤師ほど適合するのに時間がかかり、仕事が増えたと感じる人もいました。しかし、それもはじめのうちだけです。事業譲渡によって経営基盤が安定化し、福利厚生なども充実して安心して働ける環境になりました。何より、メディカルシステムネットワークさんに手厚くフォローいただきましたので乗り切ることができました。従業員のみなさんには引き続きがんばっていってもらいたいと思っています。

Q:ご自身の経験を踏まえて、将来的に事業譲渡を検討している方々にメッセージをお願いします。

隆司さん:“早めの決断が身を守る”ということですかね。私たち兄弟は常に、3カ月間赤字になったら速やかに撤退しようと決めていました。愛着を持って事業を守りたいという心情は理解できますが、決断は早い方が良いです。今後も薬価の改定は続き、個人経営の薬局にとってはますます厳しい環境になるでしょう。個人では難しいと判断したら、早めに事業譲渡を検討することをお勧めします。

インタビュアー:株式会社サイエンスデザイン 林愛子
撮影:武藤奈緒美


プロフィール

たてば薬局 管理薬剤師 青木洋志さん

1985年に薬剤師国家試験合格、90年に保険薬剤師登録。その後、さまざまな規模の薬局に勤務し、2002年頃より本格的に独立に向けて動き出す。2004年、たてば薬局を開業し、実弟とともに薬局経営に従事。2021年12月にM&Aにより、たてば薬局を事業譲渡。

たてば薬局 青木隆司さん

家業である和菓子店の後継ぎとして経営に携わるも、職人だった父親がご逝去されたのち、お店を閉じることに。その後、双子の兄である洋志さんとたてば薬局の経営に携わる傍ら、自らも医療モールやクリニック・薬局の新規開業の支援事業を立ち上げ、現在に至る。

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