Vol. 01:桂元堂薬局 店主 宮原 桂さん

私たちにとって、町の調剤薬局は日々の健康管理に欠かせないものです。その役割はこれから先も変わることはないでしょう。しかし、厚生労働省の在宅・かかりつけ制度の推進や診療報酬の改定など、日々、調剤薬局の環境は変化しています。私たちにとって、町の調剤薬局は日々の健康管理に欠かせないものです。その役割はこれから先も変わることはないでしょう。

この変化は、かつてなかったほどの大きな「うねり」であることは間違いないことでしょう。そのため旧態然とした昔からの「町の薬局」のままでいることは、現在では経営上大きなリスクになる時代になっています。他のビジネス同様に、調剤薬局も時代の流れを読み、患者さんの期待(ニーズ)に応える薬局とはどうあるべきなのかを、しっかりと見据えることが必要になっています。

今回、ご自身で経営していた調剤薬局を大手チェーン薬局に譲渡した、桂元堂薬局 店主 宮原桂さんにお話を伺いました。

桂元堂薬局 店主:宮原 桂さんへのインタビュー

Q:宮原さんは中国で学ばれた漢方の専門家で、漢方専門の相談薬局も経営されているそうですね。

A:はい。上海留学から戻った後に、出身地の横浜に漢方相談専門の「桂元堂薬局」を開局しました。37歳の時です。その後、漢方を中心に治療をされているドクターとのご縁があり、新たに漢方全般を調剤できる調剤薬局を作りました。もちろん、漢方のエキス剤だけでなく、煎じ薬や現代薬も扱う、ある意味特色のある薬局です。

Q:薬局を手放す決断をされた大きな理由は、あったのですか?

A:一番の理由は、高齢の母親の存在です。昨年は、5回も救急車で運ばれ、3回手術を受けました。私は父を中国留学中に亡くしているので、母親にはできるだけのことはしたいと考えていたのですが、2軒の薬局を経営しながら各地での講演や執筆、教育などの活動に加えての介護となると、身体が一つでは足りません。

また、妻の両親も高齢で、現在長野に住んでいますが、介護のために研究職を辞し、月の半分は長野に通っています。3人の親の介護が現実となり、とても現状のままに全てをこなすことは不可能になった、というのが薬局委譲の最大の理由です。

Q:調剤薬局の特徴として、個人や家庭経営が多いことがあげられると思いますが、ここ数年、宮原さんのように経営を譲るところが増えているようですね。何か理由があるのでしょうか?

A:世代交代がうまくいかないことや、私のように親の介護など個人的な理由の方もいらっしゃると思います。加えて調剤薬局に対する環境の変化が大きな理由にもなっていると思います。たとえば、薬学の教育課程が4年制から6年制になり、大学の数は増えていますが、現状はいまだに薬剤師不足の状態です。

少子高齢化の現代において薬剤師に求められる仕事は増えているにも関わらず、個人や家族経営の薬局では十分な患者対応をするだけの薬剤師の手配が難しくなっています。また、診療報酬も低下傾向にあり、経営も益々難しくなっていることも、理由だと思います。

Q:実際に薬局を手放そうと考えた時に、一番重点を置いたことは何ですか?

A:薬局は、地域の皆さんに日常的に頼られる存在です。ですから、なるべく迅速に、患者さんたちにご迷惑をかけないスムーズな移行が必須でした。また、16年間お付き合いがあるクリニックの先生方に対しても、「この人たちなら大丈夫」と自信を持って言える人にしか、今後の薬局は任せたくありません。

幸い、今回の譲渡は患者さん方に大きな不自由をかけることなく、また、クリニックの先生方とも良好な関係を維持できての委譲になったので、本当に良かったと思っています。

Q:今回、白優社に任せようと思われた一番の理由は何ですか?

A:3年ほど前から付き合いのある白形社長、年が若いので私は白形君と呼んでいますが、彼への「人としての信頼感」に尽きます。加えるなら縁もあったと思います。白形君はお父上の仕事の関係で6年間上海に住んでいたそうです。上海は私の留学先でもあります。その縁でお父上ともお会いして、一緒に食事をしたこともあります。上海の話で大いに盛り上がりました。ですから、家族ぐるみの付き合いと言ってもいいでしょうね。その彼が独立すると聞き、「それなら任せてみようか」となったわけです。

Q:大手チェーン薬局を含め、経営譲渡の話は多くあったのではないですか?

A:ありました。実際に何社かの方とも会っていますが、公私の付き合いにまで発展したのは、白形君だけです。白形君は人当たりも柔らかく、相手に自分の考えを押し付けるような「売らんかな」なところがありません。営業マンとしては珍しいタイプです。

しかし、話をしていくと若いけれども芯のあるしっかりした考えを持っていて、今回も実際にとても堅実な仕事をしてくれました。又、物怖じせず、お茶目な一面もあります。「何か困ったことがあったら、電話してきなさいよ」と、軽い気持ちで言ったら、本当に「先生!デートのお店の予約が取れないのですが、どうにかなりませんか?!」と電話をかけてきたりもします。

何か、人の懐にするっと入ってくるような面白い一面もあります。もちろん私がデートのお店のセッティングをし、彼はその素晴らしい女性と晴れて結婚しました。半分は私のお陰かもしれませんね(笑)白形君は仕事でもプライベートでも、「ウソがない」というのは、何といっても一番信頼でき任せられるポイントではないでしょうか。

Q:売却を決めてからの流れは、スムーズでしたか?

A:非常にスムーズ、かつ、スピーディーに進行しました。書類の用意や日程調整などのコーディネートも、必要最低限でこちらの負担が少ない形で進めてくれました。私は面倒くさいことが苦手なので、煩雑な手続きや交渉をすべてやってもらえたのは有難かったです。

Q:手続きに関しては、不安はなかったということでしょうか?

A:もちろん、具体的に話が進む以前は不安もありました。ですが、一緒に仕事を進めていくに伴い、不安感はどんどん薄らいでいきました。というのも、白形君は完全にこちらの気持ちを汲んだ仕事をしてくれていたからです。

彼は前職で薬局を買う側の仕事をしていたというだけあって、どういう交渉がいいのか、どんなものを相手が欲しがっているのかを熟知しています。買う側の手の内を知っている人が味方になってくれれば、これほど心強いことはありません。

また、こういった売却は通常なら弁護士を入れるでしょうし、私も実際に知り合いの弁護士に頼むつもりでしたが、結果的には全て白優社で依頼している顧問弁護士で、何の問題も不安もなく終了しました。結果的に、売却経費も予想よりずっと安くすみました。

Q:調剤薬局を手放されたことで、一つ肩の荷が降りた感じではないでしょうか。生活は変わりましたか?

A:実際のところ、漢方相談薬局は継続していますし、譲渡の引き継ぎもあり、「すごく楽になった」という実感はまだあまりありません。ただ、薬局を経営するということは、休みがとれないということです。かれこれ30年近く、完全なお休みは月に1日~2日、連休は無理、という生活を続けてきました。これからは自分の時間も増えると思います。

今まで全て仕事優先でやってきましたが、母親の面倒ももっと見られるだろうし、長野に行ったり来たりの妻のサポートももっとできると思っています。とはいえ私の周りの人間は「どうせ、また何か新しいことをやるんでしょ」と言っていますね。時間的な余裕が少しでもあると、うずうずして何かやりたくなる性分です。今、63歳ですが、この性分は変わらないでしょう。

Q:最後に、これからの調剤薬局はどうなっていくと思いますか?また、どうなっていくべきなのでしょう。

A:これまでのように患者さんが処方箋を持って来られるのをただ待つ、という薬局形態は限界がきているのではないでしょうか。そのような状況下で調剤薬局が患者さんのニーズに応え、地域から信頼を得て生き残っていくための形態は大きく2つあると思います。

1つは、専門性を高めること。もう1つは、地域医療連携の中で、役割と責任を積極的に果たしていくことです。これからは在宅治療の患者さん方も増えます。薬剤師も薬に対する知識だけでなく、こちらから伺って生活面まで含めた様々なアドバイスができるような幅広い知識やコミュニケーション能力も必要になるでしょう。

とはいえ、人材の確保の問題などで不安がある個人や家族経営の調剤薬局も多いと思います。私たちのような薬局が患者さんのニーズに応え地域医療に携わるためには、しっかりとしたシステムを持ち、豊富な人材を確保しているようなところに経営を任せる、というのも一つの道なのではないでしょうか。その際、こちら側に立ってきちんとした売却相手を探してくれるプロにお願いをするのは、必須だと思います。

実際に私も、自分ひとりで売却相手探しから交渉、手続きまでできたとは、到底思いません。今回の売却譲渡は、理想的にことが進んだので、とても満足しています。

インタビューを終えて

何もかもが急速に変わっていく現代、個人でビジネスをしている事業主にとっては、早く正確な情報を得ること、適切なタイミングで適切なところに協力してもらうことが、不可欠なのではないでしょうか。それは、調剤薬局の世界でも同じことです。

今回、宮原さんのお話を伺っていて、自分のビジネスだけでなく、患者さんを支える地域医療やドクターとの連携など、広い視野で調剤薬局という存在をとらえていらっしゃるのが印象的でした。このような広い視野を持っておられる方が、これからどんな「新しいこと」をされているのか、楽しみでなりません。

テキスト:医療ライター 剱木 久美子


宮原 桂さんのプロフィール

宮原桂

上海中医薬大学附属日本校客員教授
薬剤師・中医内科医師
桂元堂薬局 店主

昭和大学卒
日本赤十字社研究部にてインターフェロン研究開発に携わる。
中国・上海紅十字会研究所より招聘を受け、技術協力すると同時に、上海中医薬大学に留学。
現在は、中医師及び薬剤師として薬局経営の傍ら、漢方・伝統医学にまつわる執筆、講演、メディア出演等で活躍中。

著作 
「漢方ポケット図鑑」源草社
「西太后の不老術」新潮選書・新潮社 他多数


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