再び輝く人生へ。再び選んだ理由とは?
(取材・文:医療ジャーナリスト)

プロローグ:事業承継という選択の先に
木村哲朗様は、3年前に続いて2度目のご登場です。
かつて神奈川県内に6店舗の調剤薬局(ななほし薬局)を運営されていた木村様は、50歳で事業承継を決意し、「身の丈に合った規模でやり直したい」と、一部事業を譲渡して再スタートを切りました。しかし、信頼していた優秀な社員の退職やスタッフ間の不和など、人材育成の難しさという壁に直面し、最終的には全店舗の売却を決断されました。
成功体験だけでなく、あえてご自身の「失敗」を赤裸々に語ってくださる木村様の姿勢は、今まさに組織の課題に悩み、未来を模索する経営者の方々にとって、大きな示唆に富んでいます。
承継という区切りをつけ、若き日の夢をもう一度追いかける新しい人生を歩み始めた木村様。その輝きは、以前にも増して強いように思えます。2度にわたり白優社を通じてM&Aを決断された、その理由を伺いました。
1. 再スタートで直面した「経営の壁」
理想と現実のギャップ、人材育成の難しさ
――3年ぶりの再スタートは、なぜ軌道に乗らなかったのでしょうか。
前回、事業の一部を手放した反省から、今度は自分がコントロールできる規模でやり直そうと決めていました。会社の規模をコンパクトにしたものの、業界の変化に対応した人材育成ができず、経営の効率化が図れなかったことが原因です。
そして、これまで19年間の会社経営の中で最も信頼していた私の「右腕」のような社員が辞めてしまったこと。もう、組織を立て直す気力も限界でした。
――管理職の育成のために具体的な施策も講じていたそうですね。
はい。引き抜かれて退職したその社員には、大きな裁量権を与えてきました。それまで私が口出ししていたことも、まずは管理者であるその社員に判断させてから、私に報告・共有する形にしました。本人にも「権限を渡したから」と伝え、新体制を定着させようと努力したのです。

――しかし、結果的に辞めてしまった。
新体制がうまく機能する前に、「あなたは社長側の人間でしょ」という形で、他のスタッフから責められ、その社員が現場で孤立する形になってしまいました。私のフォローも足りなかったのだと思います。
新しいこと、変革に取り組むのはストレスです。特に、現場に保守的なリーダーがいると、変化はなかなか受け入れられません。結果的に、保守的なリーダーが退職し、連鎖退職が起こり、全体がガタガタになって回らなくなりました。経営者としてそれぞれの意見、考えをうまく集約できず、組織をまとめ未来へ導くことの限界に達した、と感じました。
2.混乱の中で見極めた「M&A業者の信頼性」
迷惑な「ハイエナ業者」から顧客を守る姿勢
――全体が回らなくなった当時もM&Aのオファーが多数あったと聞きました。
毎週のようにオファーは来ていました。しかし、ほとんど相手にしませんでした。信用できなかったからです。譲渡後に合意内容と違うことをされたという話は珍しくありませんし、長年の経験から、まともな業者とそうでない業者の区別はついていました。
――残念ながら、悪質な業者は存在します。
本当にハイエナみたいな輩が多かったです。店舗に押しかけてきたり、無視しても30回、40回と電話をかけ続けてくる業者もいました。スタッフにも威嚇するように話しかけるので、皆怖がっていました。
――どう対応したのですか。
すぐに白優社の白形さんに相談しました。すると、彼はそうした迷惑行為を取り締まる公的機関を具体的に教えてくれ、そこに相談することで、ピタリと収まりました。その上で、白形さんから「残った2店舗を、それぞれの規模や相性の良い別々の会社に売却しませんか」という提案がありました。提示された条件も良かったですが、それ以上に「うちのことをよくわかってくれている」と感じ、安心しました。
――信頼感こそが大事だったと。
その通りです。この5年、10年と多くの業者と接してきましたが、ぶっちゃけ白形さんぐらい信頼できる人は他にいませんでした。業界全体で案件が減り、手段を選ばない業者が増えている中で、白優社のように誠実で、顧客を心理的・物理的に守ってくれる存在は本当に貴重です。
3.M&Aで手に入れた「新しい人生」と「自由」
――承継を済ませ、身軽になった今、若き日の夢に再挑戦しているそうですね。
はい。一つは、愛車でサーキットを走行することです。以前は仕事が忙しく年に1、2回が限界でしたが、今は毎月のように行くことができています。来年には、メーカー主催の公式サーキットイベントへの参加も予定しています。
プロのレーサーのコーチを受けていますが、教えていただくほど、速く走るのが怖くなりますね。目の前でスピンして激突する場面を見ることもありますから。楽しくも恐る恐る走っています(笑)。

舞台とファッション、広がる新たな可能性
――他にも、20代の頃に挑戦されていた劇団のオーディションにも受かったとか。
驚いたことに、会社を売却した後に試しにオーディションを受けてみたら、全て受かったんですよ。先日も、主演俳優の代わりに車を運転するロケのオファーが来ました。残念ながらミラノコレクションへの招待と重なり引き受けられませんでしたが、俳優業、そして学生時代から好きだったジュエリーの世界など、M&Aで事業を離れたことで、新しい可能性が広がりました。
自分が昔から好きだったことを、好きなだけやれる時間と心の余裕ができたのは大きいです。あと自然に血圧が20mmHGも下がったんです!それだけストレスを感じていたのかなと思いました(笑)
――もし人生をやり直せるなら、何歳の自分に戻りたいですか。
「今」ではなく、17歳の自分に戻りたいです。もっと勉強しておけば、仕事でも何でも違っていたかなと思うことがあります。人生の時計は巻き戻せませんが、この機会に体を作り直して、ゴルフやテニスなど、若い頃みたいにアクティブにもう一度色々挑戦してみたいと思っています。楽しく新しい人生を広げていきたいですね。

エピローグ:事業承継の「成功」が意味するもの
木村様が手に入れたのは、単なる事業の売却益ではなく、過去の失敗や重圧から解放され、一人の人間として再スタートを切るための「自由」だったと言える。
しかし、そこに至るまでの道は決して平坦ではなかった。長年の経営の中で、木村様は、M&A業界の光と闇を身をもって体験された。特に、精神的に弱っている経営者に付け入るような業者、従業員に不安を与えるような迷惑行為を行う業者の存在は、業界の大きな課題である。
大事な会社をM&Aを通じて手放すというのは経営者にとっては極めて重く、大事な判断だ。だからこそ、何よりも「信頼性」と「誠実さ」が重要だと今回の取材を通して強く感じた。
